いわし削りぶし豆知識

煮干しの歴史

煮干しの歴史

 煮干しに関する史料としては、奈良の藤原宮(697~710年)跡から出土した木簡に、今の山口県から「いわし煮」が朝廷に貢納されていたことが明らかになっています。

 その後の史料は見つかっていません。
 そのため、日本における煮干しの生産や消費は明らかになっていません。

 かつお節や昆布は穫れる地域が限定されていました。
 さらに高級品であったため為政者にとっての財政収入の重要な手段でした。
そのため、多くの資料が残されています。

 それに対して煮干しは海があれば身近に手に入るような、
安価な庶民の食料であったのではないでしょうか。
 そのため、煮干しに関する史料はほとんど残されていないと考えられます。

 現在の煮干しに近いものの生産は江戸時代に製塩が盛んでいわしの穫れる瀬戸内海地方で始まったと言われています。

 明治後期以降になると、瀬戸内海沿岸地方では1894年(明治27年)に生産が行われていました。
 そして、小さいいわし煮干は「だしじゃこ」として京阪神まで運ばれ、関西風の味のベースとなりました。

 ちなみに、大きいいわし煮干は農家の肥料として売られていたようです。

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